銀座で生まれた老舗の心意気、資生堂の化粧水が愛される理由

資生堂と言えば言わずと知れた国内大手の化粧品メーカーですが、その資生堂が化粧品へと参入したのが1897年(明治30年)の事でした。

それまで資生堂は日本で初めての西洋風の調剤薬局として、品質の優れた高価な薬品を取り扱う業務を行っていました。

オイデルミンという発売から100年を超えた今でも愛されている化粧水が資生堂のルーツとなり、その後の基礎を築き上げたのです。今回はそんな資生堂の化粧水が持つ魅力を探っていきましょう。

資生堂の化粧水のルーツは赤が美しいオイデルミン

1872年(明治5年)、東京・銀座に資生堂が日本初となる西洋風の薬局をオープンさせ、それから25年後の1897年(明治30年)に化粧品業界と進出しました。そのさきがけとなった化粧水、「オイデルミン」とは一体どんなものだったのでしょうか?

今でも愛される息の長い拭き取り化粧水

資生堂が初めて手掛けた化粧水「オイデルミン」は、1897年に発売が開始されました。まるで高級な香水をイメージさせるような美しいラインを持つ瓶に、ルビーを思わせる赤い化粧水が入っているというモダンなデザインでした。

瓶のデザインもさることながら、肝心の中身の処方も素晴らしく、当時ベルリン大学に留学経験のあった東京帝国大学の教授・長井長義博士が行った研究を元に、それまで薬品研究で培ってきた技術と科学を持って、品質の優れた化粧水を生み出したのです。

当時、化粧水は和風の名前が主流だった時代にギリシャ語を元とする造語から「オイデルミン」と名付けられたこの化粧水は「資生堂の赤い水」と呼ばれて当時の女性たちに親しまれました。

オイデルミンは時代と共に瓶のデザインと中身の処方も少しずつ変わっており、肌の乾燥から水分を守り、皮膚のターンオーバーを正常に整える拭き取り化粧水として今でも愛されています。

1997年(平成9年)にはオイデルミンの発売100周年を記念し、「オイデルミン・グローバル」の発売を開始しました。こちらは従来のオイデルミンがさっぱりとした使い心地になっているのに対し、まろやかで優しい使い心地になっています。

ロングセラーとなった資生堂の化粧水

オイデルミンを皮切りに、化粧品事業へと参入した資生堂ですが、それからというもの沢山のロングセラーとなる名化粧水を生み出してきました。その一部をご紹介しましょう。

ドルックス

ドルックスと言えば、唐草模様が印象的なレトロチックな瓶に入った化粧水です。

ドルックスが誕生したのは1932年(昭和7年)。当時のラインナップはおしろい・肌荒れを予防したり、化粧下地として使用するバニシングクリーム・石鹸や香水・口紅などが生産されていました。

この時、ドルックスの価格はその当時資生堂が販売していた化粧品よりも2倍から4倍も高い価格設定で販売され、品質も優れており、当時の商品を紹介するパンフレットには「贈り物としてフランスへ届けても恥ずかしくない品質である」ということが書かれていました。

戦争が始まると、ドルックスは軍部から贅沢品であるとの検閲を受け、一旦は製造を中止していましたが、日本の経済復興が軌道に乗りはじめた頃の1951年(昭和26年)、ドルックスは高級路線からリーズナブルかつ高品質なブランドへの移行を果たして見事に復活を遂げます。

ドルックスの特徴はジャスミンの花を思わせる優雅な香りですが、現在は香料が苦手な人向けの無香料の化粧水も発売されています。

カーマインローション

日焼けした肌のほてりを鎮める収れん化粧品のカーマインローションが誕生したのは1975年(昭和50年)、粉末の入った化粧水で、2層に別れているため良く振ってから使用します。

化粧水ですが、カーマインローションは乳液を付けた後に使用するのが特徴で、コットンに取って肌がひんやりするまでパッティングします。

1991年(平成3年)には、香りをマイルドにしたスペシャルカーマインローションも誕生。アミノ酸誘導体を配合し肌の潤いを守り、肌に水分を補充して爽やかな使い心地です。

肌水

肌水が誕生したのはミネラルウォーターが流行した1994年の次の年、1995年(平成7年)です。街を歩く誰しもがミネラルウォーターの入ったボトルを首からホルダーで下げて、水をファッションの1部として取り入れていた時代でした。

富士山の天然水にこだわり、全身へ水浴びをするように使うことが出来て、使用感の心地よさを追求して生まれたのが肌水です。

いつでもどこでも・好きなように使うことが出来て、素肌を潤せるというコンセプトが斬新で瞬く間にヒット商品へと登り詰めました。

始めの頃は、さっぱりとした使い心地で肌がぐんぐんと水を吸い込む青いボトルのものだけでしたが、その後、乾燥が気になる時のためのピンクのボトルに入ったクリーム入りのものを発売されました。

その他にも、今ではコラーゲンなど肌に良い成分が配合されて顔に触れるとゼリー状が水へと変化するタイプのもの、スーっとした爽快感のあるクールライムの香りで癒されるメンズ仕様のものが販売されています。

資生堂と言えば「美白」。HAKUの化粧水とは?

資生堂の化粧水を語る上で忘れてはいけないのが「美白」です。その中でもシミを予防することに特化し、美しく白い肌を作る資生堂のHAKU。HAKUの化粧水の魅力とはどんなものなのでしょうか?

美白研究のパイオニア資生堂

資生堂が美白研究を始めたのが1917年(大正6年)の事でした。色白が美人の条件だったその時代に当時の最先端の科学技術を駆使し、資生堂は美白の研究に携わってきました。

1937年(昭和12年)には、資生堂初となるホワイトニングクリームを、1954年(昭和29年)には、日本で初めてとなる日焼け止めクリームを開発します。

先端科学が肌の奥にあるシミが出来るルートを発見

資生堂はそれまで「どうして肌にシミが出来るのか」の研究と、シミを消すための有効成分の開発をしてきました。その中で、「美白ケアをしていたのになぜか出来てしまったシミ」の研究から発見されたのが、シミの元であるメラニンが肌の奥に生まれるルートでした。

2万種類もの成分の中から選ばれた新成分

研究員たちは、「表皮と真皮の間にある基底膜が乱れてしまう事でシミが発生してしまうのではないか?」という仮説を立て、研究を進めました。すると、今まで考えられていたメラニンが発生してしまうルートの他に、別のメラニンが発生するルートを発見したのです。

メラニンが発生してしまうことを阻止するのを目的にして、HAKUの研究開発は進みます。そして、ついにそれまで無かった新しい肌を整え保護する成分を開発することに繋がりました。

HAKUが開発されるまでには実に2万種類以上もの成分の検証が行われ、その結果、研究を初めて3年後に辿り着いたのがアンダーシールダーというホワイトリリーと塩酸グルコサミンからなる新成分の発見でした。

2本目も使い続けたいと思わせる実力

美白化粧水は、使い続ける事に意味があります。HAKUは肌にうるおいと美白効果を与え、シミの元に効く成分のテクスチャーを研究・開発された水分と油分を組み合わせた液晶のゲルクリーム処方で、美白と保湿に有効な成分が肌にきちんと届くように作られています。

肌の状態が良い方に変化している、安心して使用できる、そして何よりも自分の肌でその効果を実感できるという効果の高さから、リピーターも多いのです。

すべての女性の肌を美しいものに。

「一瞬も一生も美しく」という資生堂が掲げるメッセージの通り、それぞれの時代の女性の肌を美しく、なめらかに整えてきた資生堂の化粧水。

それらは全て女性の肌の悩みと向き合ってきた、たゆまぬ努力の賜物です。

美しくなりたい・肌をもっとより良い状態にしていきたいと思った時、資生堂の化粧水がその力を発揮します。資生堂の化粧水が持つパワーを借りて昨日よりも素肌美人のあなたになりましょう!

この記事をシェア

あなたもコメントをどうぞ!